東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)126号 判決 1987年1月30日
山梨県中巨摩郡昭和町西条四一九七番地
原告
窪田正男
右訴訟代理人弁護士
佐々木国男
同
鈴木正捷
東京都千代田区霞が関一丁目一番地
被告
国
右代表者法務大臣
遠藤要
右指定代理人
河村吉晃
同
岩崎輝弥
同
三ヶ尻儀三
同
柏倉幸夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三七二万〇六〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別表<1>記載のとおり、昭和五三年分所得税につき、農業所得の金額を三二万五七三〇円、分離長期譲渡所得の金額を三一三三万六一九九円とし、これから租税特別措置法(以下「法」という。)三一条の四による取得費二三一万六八〇九円、同法三三条の四第一項一号による特別控除額三〇〇〇万円及び右農業所得の金額から所得控除額四二万八一〇〇円を控除してマイナスとなった一〇万二三七〇円を差し引くと、その額はマイナスとなるから、課税所得金額は零円となり、したがって、税額も零円となる旨の確定申告を行った。
2 ところが、甲府税務署長は、原告所有に係る別紙物件目録一(一)記載の土地の一部四一三・九七平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同目録一(二)記載の土地を日本道路公団(以下「公団」という。)に売却した際、公団から三浦軍治(以下「三浦」という。)に支払われた権利消滅補償金一五〇〇万円(以下「本件補償金」という。)を原告に帰属する所得であると認定したうえ、別表<2>記載のとおり更正(以下「本件更正」という。)及び重加算税賦課決定をした。そこで、原告は、同表<3>記載のとおり異議申立てをしたところ、右税務署長は、同表<4>記載のとおり右賦課決定を取り消して同表<6>記載のとおり過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」といい、本件更正とあわせて「本件各処分」という。)を行うとともに、同表<5>記載のとおり異議棄却並びに却下決定をした。更に、原告は、右決定を不服として同表<7>記載のとおり審査請求をしたが、国税不服審判所長は、同表<8>記載のとおり棄却裁決をし、本件各処分は確定した。
3 原告は、昭和五七年七月一四日右所得税額二七八万三四〇〇円及び過少申告加算税額一三万九一〇〇円に延滞税七九万九二〇〇円を加算した三七二万一七〇〇円を納付した。
4 しかしながら、本件更正には次のような重大、明白な瑕疵があるから、本件各処分は無効である。
(一) 本件補償金の帰属に関する事実誤認
(1) 原告は、昭和四四年一〇月一日三浦との間で本件土地につきビニールハウス栽培等を目的として、期間・昭和五三年九月三〇日まで、ただし特段の事由のない限り更新する旨の約定で賃貸借を締結した。
(2) 原告は、昭和五三年二月一〇日公団に対し、本件土地を含む前記三四六〇番の二及び同番の三の土地を代金総額三一三三万六一九九円で売却した。
(3) しかして、本件土地については、三浦に対する賃借権(耕作権)が附着していたため、これを除いたいわゆる底地権が右売買の対象とされた。
(4) 右に基づき原告、三浦及び公団の間において本件土地につき原告が取得すべき割合等が検討され、結局、その金額を一一七八万三八五九円、三浦の取得金額を一五〇〇万円とすることで合意が成立し、原告及び三浦はその旨の協定書を作成したうえ、それぞれ公団から支払を受けた。
(5) そこで、原告及び三浦は、法三三条の四第一項一号の規定による三〇〇〇万円の特別控除の適用を受けることとなった。
(6) 以上のとおり、原告と三浦との間の賃貸借関係は真実存在し、公団も右事実を確認したうえ、三浦を本件土地の適正な補償権利者と認定したからこそ、同人に対し本件補償金が交付されているのであるから、税務署長の右認定には、重大、明白な事実誤認が存するものというべきである。
(二) 法三三条の四の規定(三〇〇〇万円の特別控除)の解釈適用の誤り
(1) 法の適用にあたり、資産の譲渡の有無の判断は、当該収用事業主体の専権事項であって、起業者から買取り等の証明を含む支払調書が完備していればそれで必要かつ十分であって、課税庁がこれに容喙すべき何らの権限のないことは、租税法律主義の建前から明白である。すなわち、法三三条の四第六項によれば、公共事業施行者には買収等の申出証明書及び買取証明書等の支払に関する調書を所轄の税務署長に提出する義務を課しているのであり、各種の通達をみても、税務署長が起業者の申出、買取り等の判断事項、手続に介入する余地はない。そして、税務署長がこれを受理すれば、自動的に法三三条の四第四項の要件を具備する限り特別控除の適用を受けるのである。にもかかわらず、公共事業施行者の右専決判断事項を否認する明文の規定なくして法の適用の有無を税務署長が左右することは、明らかに租税法律主義に違反する。
(2) 起業者が公共用地等を取得する場合、その速やかな実現が要請されるため、課税上の特別措置が講じられているところ、右特例の適用が起業者の画一的判断によって処理されたにもかかわらず、右の適用を課税庁において否認するのであれば、地主は任意の買取りに応じないばかりか、一旦買取りに応じた土地の返還を求めるということにもなりかねない。よって、課税庁が起業者の判断処理を否認すれば、起業者にとって収拾のつかない事態が発生し、その対応に困難を生ずることとなろう。
(3) したがって、公団から三浦に支払われた一五〇〇万円が誰に帰属するかの判断は、専ら起業者である公団の認定に係り、課税庁といえどもこれに拘束され、右認定判断を覆することはできないものと解されるから、これを覆した本件各処分には重大、明白な瑕疵がある。
(三) 本件各処分の違憲性
(1) 本件各処分は、原告の公団に対する本件土地の譲渡に関して課せられたものであるところ、本件のような任意買収も強制収用権を背景にしているから、実態は強制収用と同一の負担を強いるのであって、公共のための財産の提供と同じ法的効果を有するものと目される。そうすると、買収額に基準を設定してそれ以上の買収額に課税するのは、財産権の収用に対し正当な補償をすべきことを補償した憲法二九条三項に違反する。
(2) 税務署長が本件各処分をするに際し適用した法三三条の四は、強制収用権という公権力を背景にした課税上における差別的取扱いを定めた規定であり、憲法一四条に違反するので、本件各処分もまた、憲法一四条に違反する。
(3) 被告は、正当な補償金を課税上どのように扱うかは立法政策の問題である旨を主張する。しかしながら、収用の実質はあくまで損失補償であり、強制収用権を背景とする任意買収は私的自治、個人意思の自由を前提とする私法(民法)上の契約自由の原則と全く異なる次元での対価決定であり、それはあくまでも公共の目的という高次元での国民の財産権に対する負担以外のなにものでもない。したがって、一般の譲渡利益に対する課税と同様の考え方を適用することは、憲法の原則にもとるものであり、被告の主張のように単なる立法政策の問題に帰着する問題ではない。
5 よって、被告は、本件納付税額を法律上の原因なくして利得したものというべきであるから、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、既に還付を受けた一一〇〇円を控除した三七二万〇六〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。同4の冒頭部分は争う。同(一)(1)の事実は否認する。同(2)の事実中、原告が昭和五三年二月一〇日本件土地を含む原告主張の土地を形式上代金総額三一三三万六一九九円で公団に売却したことは認めるが、実質的に原告が取得した代金が右の金額であるという点は否認する。同(3)の事実は否認する。同(4)の事実中、公団が昭和農業協同組合(以下「昭和農協」という。)の三浦名義の普通預金口座に昭和五三年二月二八日に一〇五〇万円、同年六月八日に四五〇万円合計一五〇〇万円を振込送金したことは認めるが、その余は否認する。右協定書は租税回避のために作成された実態のないものである。同(5)のうち、原告が本件土地を含む農地の譲渡につき法三三条の四第一項一号の規定の適用を受けることは争わないが、三浦が同規定の適用を受けるとの点は争う。同(6)は争う。同(二)及び(三)はいずれも争う。同5のうち、被告は原告に対し本件納付税額のうち一一〇〇円を還付したことは認めるが、その余は争う。
三 被告の主張
1 公団から権利消滅補償金として三浦に支払われた一五〇〇万円が原告に帰属する所得に該当することは、以下の諸事情に照らし明らかであるから、本件各処分に原告主張に係る事実誤認の瑕疵は存在しない。
(一) 原告の主張する昭和四四年一〇月一日以降、三浦に対して本件土地を賃貸していたとの事実が全く存在しないことは次の(1)ないし(6)の事実に照らし明らかである。すなわち、
(1) 三浦は、同四四、五年ころから同五〇年ころまで、本件土地を含む土地の一部に建てられていた原告所有のビニールハウスできゅうりを栽培していた模様であるが、農機具や肥料は原告所有に係るものを使用し、収穫されたきゅうりは、すべて原告を表す○正の荷印で出荷され、三浦は、原告から右収穫代金の一部を支給されていたにすぎないのであって、同人は、そもそも独自の危険と裁量によって右栽培に従事していたものではなく、原告の下で労働力を提供していたにすぎないのである。
(2) 本件土地を含む土地では、右きゅうり栽培のほか、原告自身の手によって稲作が行われていたのであって、同期間内に、本件土地を三浦が排他的に占有し使用していたとの状況は全く認められないのである。
(3) 同ビニールハウスは、昭和五〇年秋ころには倒壊してしまったため、それ以降、三浦は本件土地を含む土地でなんらの耕作もしておらず、前記の協定書が締結された同五二年一二月には、三浦は全く耕作に従事せず、原告だけが稲作に従事していたのである。
(4) 原告は、同四四年一〇月一日付けの三浦との賃貸借契約書(甲第一号証)を提出して同賃貸借の存在を証明しようと試みているが、当時、本件土地に該当する北河原三四六〇番の土地は約五〇坪にすぎず(同契約書には三〇〇坪と記載されている。)、また、三浦が原告に対し年毎に籾一〇俵を納入するとの条件は、収穫物がきゅうりであり、しかもその収穫代金の一部を三浦が原告から支給されていたことにかんがみてもいかに不自然であるかは改めて指摘するまでもないところである。しかも、同契約書は、同五〇年一〇月一日付けで作成されている他の契約書と、形式はもとより筆致まで酷似していることなどから、その作成年月日が強く疑われ、到底措信しえないものなのである。
(5) 原告が、昭和町農業委員会の承認を受けるために、三浦と連名で作成した同四八年九月五日付けの農地賃貸借契約書(甲第二号証)は、その日付のころ作成されたものではなく同五一年三月三〇日ころ作成されたものであるが、(そのころ、原告は昭和町の農業委員であった。)、当時は、前述のごとく同ビニールハウスの倒壊後で、三浦は全く耕作に従事していなかったのである。
(6) 公団が本件土地の買収代金として予定していた金額は二六七八万三八五九円であったところ、原告は、協定書によって、原告の底地権一一七八万三八五九円、三浦の耕作権一五〇〇万円と配分を定めたのであるが、公団としては、買収予定金額の範囲内で買収できればその目的を達するので、事前はもとより事後においても、真実三浦の耕作権が存在するか否かを確認してはいないのである。
(二) また、公団による本件土地の買収は、中央自動車道西宮線を建設するためになされたものであるが、同線の昭和~韮崎間については、昭和四六年一二月二五日に路線計画が発表され、同四七年一〇月から同四八年七月にかけて中心杭が打ち込まれたところ、原告は、昭和町西条地区の地権者会長として右杭打ちに立会い、同時期ころまでには、原告の所有地が買収対象に含まれることを知悉し、その後、本件土地以外の原告の所有地の一部を親族名義に変更するなどして、租税を回避・軽減するための措置を講じているのである。
(三) 更に、原告は、三浦に対して支払われた同一五〇〇万円を、支配下においていたのである。すなわち、昭和五三年二月二八日に、公団から三浦名義の預金口座に右補償金を一五〇〇万円の内金一〇五〇万円が振り込まれていたところ、原告は、同年三月二九日付けで、三浦の名義を用いて、同人が東箱根開発株式会社(以下「東箱根開発」という。)から、別紙物件目録二(一)記載の土地(契約書上、三浦の持分は九九一分の七五〇である。以下「地」という。)及び同目録二二記載の土地(同様に三浦の持分は九九二分の七五〇である。以下「地」という。)を代金合計一五〇〇万円で買い受け、即日、地は原告の妻である窪田京子に、地は原告に、それぞれ贈与したことにしたのであるが、右東箱根開発に対する代金の支払については、三浦から、同人名義の預金通帳及び印鑑を預かったうえ、右代金一五〇〇万円のうち一〇五〇万円は既に公団から振り込まれていた一〇五〇万円をあて、残代金四五〇万円は、同年四月一七日にひとまず昭和農業協同組合から三浦名義で四五〇万円を借り受けてその支払にあてておき、同年六月八日に公団から三浦名義の預金口座に振り込まれた四五〇万円をもってこれを返済したのであって、このような操作はすべて原告が行い、三浦は全く関与しなかったのである。
(四) 以上から明らかなように、原告は、三浦が本件買収当時に本件土地について耕作権を有していなかったにもかかわらず、本件土地の買収による原告の所得に対する課税を回避するため、たまたま以前に三浦が原告の下で労働力を提供していたことを奇貨として、三浦の耕作権を一五〇〇万円とする協定書を作成して、あたかも三浦が耕作権を有するかの如き外形を作出し、公団をして本件土地の買収代金の約五七パーセントにあたる一五〇〇万円を形式的に三浦に対して支払わせたのであるが、原告は、同一五〇〇万円を支配下においていたのであるから、同一五〇〇万円は原告に実質的に帰属していた原告の所得というべきである。
2 税務署長が、原告の所得を算定するにあたり、公団から三浦へ支払われた一五〇〇万円が誰に帰属するかの判断権を拘束されるものでないことは、以下に述べるとおりである。
(一) まず、原告は、法三三条の四第四項に「・・・書類の添付がある場合に限り適用する。」とあることを把えて、確定申告書に所定の書類が添付されてさえいれば、税務当局は、その書類の記載内容に拘束されてこれを否定することはできないとしているが、同項の効果は、たとえ他の要件を満していても、収用証明書等所定の書類が確定申告諸に添付されていなければ法上の優遇措置を受けることができないという消極的なものにすぎず、その添付書類の記載内容が税務当局を拘束するような積極的なものではない。
(二) そもそも課税の適正を確保して国家財政の根本を支えることは税務職員の本来的な職責であり、これを遂行するために、税務職員には調査の権限や適正な課税か否かの判断権限が賦与されているのであるから(国税通則法二四条、所得税法二三四条等)、申告の当否の判断過程において、課税関係について何ら権限を有していない第三者のした事実確認等が最終的なものとして税務職員を法的に拘束することなどありえないのである。
したがって、原告の主張は独自の見解にすぎない。
(三) なお、公団は、買収予定地の取得を目的とするもので、当該買収予定地をめぐる権利関係の確定を目的とするものではないから、買収予定地について何らかの権利を主張する者の間で合意が成立して紛争を生ぜずに当該予定地を取得しうるならば、特にその権利関係の存否等を調査確定することなく買収手続を行うものであって、本件についていえば、公団は、三浦に係る「公共事業用資産の買取り等の証明書」(甲第八号証)を交付しているものの、それは、原告と三浦から公団に対して両者の間で買収代金の配分割合が決定され、この配分については「私共が責任をもって解決し、貴公団に対しては一切のご迷惑をかけません。」との「協定書」(甲第四号証)が提出されたことによるもので、公団が両者の権利関係の存否等を調査確認した上でなされたものではないから、右証明書が交付されたということからは、公団が原告主張の耕作関係の存在を実体的にも認めたものということすらできないのである。
3 原告は、強制収用権を背景とする任意買収は、その実態において強制収用と同一の負担を国民に強いるものであるから、基準額以上の買収額に課税するという法三三条の四は損失補償に関する憲法の大原則(二九条)に反する違憲の法令である旨を主張する。しかし、強制収用にしろ任意買収にしろ、その対価を支払うということとこれに課税するか否かということは自ずと別の事柄であって、原告の右主張には明らかな論理の飛躍があり、それ自体失当である。正当な補償として支払われた補償金を課税上どのように取り扱うかは憲法八四条に基づく立法政策の問題であって、被買収者に課税されることになったとしても、そのことから直ちに正当補償を侵害したとして違憲の問題を生ずるということができないことは明らかである。
4 以上のとおり、本件各処分に原告主張のような重大かつ明白な瑕疵はないから、本件各処分が無効であることを前提とする原告の請求は理由がない。
四 被告の主張に対する認否並びに原告の反論
被告の主張1(一)の各事実はいずれも否認する。同(二)の事実中、公団による本件土地の買収は、中央自動車道西宮線を建設するためになされたものであること及び同線の昭和~韮崎間については、昭和四六年一二月二五日に路線計画が発表され、同四七年一〇月から同四八年七月にかけて中心杭が打ち込まれたことは不知、その余は否認する。同(三)の事実は否認する。三浦の父である虎次郎が、三浦が耕作権の存したことを奇貨として本件補償金を受け取ったことを聞いて激怒し、三浦と親子騒動を起こすまでに至ったこと、そのため虎次郎はその後始末を三浦に申し渡したところ、三浦が松下三佐男の助言により補償金で土地を買い取って原告及び原告の妻に贈与したというのが事案の真相である。同(四)は争う。本件のような一部農地の賃貸借においては、契約当事者が農地の利用形態、耕作物の肥培及び管理方法、収穫物の配分並びに危険負担の方法や割合をどのようにするかは、特段の事由がない限り事由に定め得るのであり、したがって、被告主張のように出荷の荷印を何人の名義にするか、肥料をどのように供給するか、収穫物をどのように処分するか、裏作がどうであったか等の諸点は、賃貸借の存否や存続に何ら消長をきたすものではない。同2ないし4はいずれも争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、本件各処分に原告主張の瑕疵が存するか否かを検討する。
1 本件補償金一五〇〇万円は、本件土地に対し三浦が有していた賃借権消滅の対価として公団から三浦に支払われたものであるから、これを原告の所得と認定した本件各処分には重大、明白な瑕疵がある旨を主張するので、以下順次検討する。
(一) 三浦の本件土地利用の実態について
証人三浦軍治の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、同証人の証言により原本の存在、成立ともに認められる乙第二、三号証、原本の存在、成立ともに争いのない乙第四号証、同証人の証言(後記措信しない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。
三浦は、農業高校を卒業した後、昭和四四年ころから、義理の叔父に当たる原告の農業を手伝うようになり、主に冬から春にかけて、本件土地上の原告所有のビニールハウス(坪数約三〇〇坪)できゅうりの促成栽培を行っていた。その際、きゅうり栽培に用いる農機具、苗、肥料等については、すべて原告の所有物が使用され、収穫のために支出された経費もすべて原告が負担していた。栽培作業は原告と三浦が共同で行い、三浦は原告から助言、指導を受けながら栽培にあたった。収穫されたきゅうりは、すべて原告を表わす<正>の荷印で市場に出荷された。原告は、出荷代金の一部を適宜三浦に分け与えていた。また、原告は、右ハウスできゅうりの栽培をしない間、同所で稲作を行い、稲作収入を得ていた。三浦は、その時期は右稲作を多少手伝う程度の関与しかしなかった。また、同人は、原告に対し、一定の地代ないし地代の代りとなるべき籾等を定期に支払うことはなかった。ビニールハウスは昭和五〇年秋ころ倒壊したが、その後三浦は同所において何ら耕作をせず、原告だけが稲作を行っていた。
以上の事実が認められ、証人三浦軍治の証言及び原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、三浦は、本件土地を排他的に占有していたものではなく、きゅうりの栽培を自己の計算において独立して行っていたものでもなく、また、賃料に相当する金品も支払っていないのであるから、同人は、むしろ、原告が本件土地等で経営していた農業を手伝い、その報酬として収穫代金の一部を得ていたにすぎないものというべきである。
(二) 賃貸借契約書について
原告と三浦との間には、本件土地に関し、昭和四四年一〇月一日付けで山梨県中巨摩郡昭和町西条字北河原三四六〇番地の土地及びビニールハウス(三〇〇坪)を対象とする賃貸借契約書(甲第一号証)、昭和四八年九月五日付けで同三四六〇番の二の土地を対象とする農地賃貸借契約書(甲第二号証)がそれぞれ存在するところ、前掲乙第四号証、証人三浦軍治の証言及び原告本人尋問の結果中には、右各書面は、それぞれの作成日付けころ、原告及び三浦の間で合意された内容を書面化したものである旨の供述部分ないし供述記載部分が存する。
しかしながら、昭和四四年一〇月一日付けで賃貸借契約書(甲第一号証)の賃貸物件とされている北河原三四六〇番地の土地は、成立に争いのない乙第五号証によれば、昭和四四年当時は一六一平方メートルの地積しかないものであったから、同年当時右のような契約書が作成されるのは極めて不自然というべきである。また、原告と三浦の間には、昭和五〇年一〇月一日付け賃貸借契約書(乙第六号証)が存在するところ、前掲甲第一号証の契約書は、右乙第六号証の契約書とその形式、文言、筆致が酷似しているばかりでなく、全く同一の誤記(表題の「賃貸借」が「賃対借」となっている。)が存するので、右契約書と同一時期である昭和五〇年に作成されたものと推認するのが相当である。
更に、昭和四八年九月五日付け農地賃貸借契約書(甲第二号証)の賃貸物件となっている北河原三四六〇番の二、田、一三四一平方メートルの土地は、証人長谷川貢一の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号添付の登記簿謄本によれば、昭和五一年二月二三日の分筆により初めて生じたものであるから、右契約書が作成日付けの日に作成されたものでないことは明らかである。
もっとも、前掲甲第二号証の農地賃貸借契約書には、原告が昭和四八年九月一〇日付けでした賃借権設定の許可申請に対し、昭和町農業委員会が昭和五一年三月三〇日付けで右申請を承認したことを内容とする承認書が添付されているが、右承認書成立については当事者間に争いがない。)の作成された経緯を明らかにする証拠はないのみならず、原告本人間の結果によれば、原告は、従前、農地法三条一項に基づく許可申請を本件土地に関し、一度しか行ったことがないものであるところ、証人長谷川貢一の証言により真正に成立したものと認められる乙第七、八号証、成立に争いのない甲第一一号証によれば、原告が昭和四八年九月一〇日付けで昭和町農業委員会を経由して山梨県知事へ許可申請をしたのは使用借権の設定であり、これを受けて右農業委員会が使用借権の設定を承認する旨の意見書を作成し、同知事がこれを許可した事実が認められ、右事実にかんがみると、前記昭和町農業委員会作成の承認書をもって前記甲第二号証の農地賃貸借契約書の添付書類とみることには多大の疑問があり、したがって、右承認書が存在することを理由として右契約書が作成日ころに作成されたものと推認することはできない。
そうすると、三浦の賃借権を証するものとして提出されている前記各契約書(甲第一、二号証)は、いずれも後日、本件補償問題が生じてから作成されたものである疑いが極めて強く、その信用性には多大の疑問があるというべきであるから、三浦と原告間の賃貸借関係の存在を基礎づけるに足りないものといわなければならない。
(三) 三浦と原告間の協定書及び三浦と公団間の権利補償契約書について
請求原因4(一)(2)の事実中、原告が昭和五三年二月一〇日本件土地を含む別紙物件目録一記載の各土地を形式上代金総額三一三三万六一九九円で公団に売却したことは当事者間に争いがなく、右事実に前掲乙第一、二号証、成立に争いのない甲第三ないし九号証、証人三浦軍治の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
原告及び三浦は、昭和五二年一二月公団に対し、本件土地に支払われる売買代金については、土地所有者である原告と耕作件者である三浦が協議した結果、配分率は原告一一七八万三八五九円、三浦一五〇〇万円と定めた旨の協定書(甲第四号証)を提出した。公団は、昭和五三年一月一〇日原告に対し、原告所有に係る別紙物件目録一記載の各土地の買取り申出を行い、同年二月一〇日原告との間で右各土地を合計三一三三万六一九九円で買取る旨の売買契約を締結した。また、三浦は、同日公団との間で、本件土地に対する耕作権を放棄する右放棄に対する補償金を一五〇〇万円とする旨の権利放棄補償契約を締結した。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は、右協定書の存在等をもって公団も三浦の賃借権を承認しているから、右権利が存在したことは明らかである旨を主張する。
しかし、前掲乙第四号証、証人長谷川貢一の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証及び原告本人尋問の結果によれば、一般に、公団としては、道路建設に際し、道路予定地を買収予定金額内で買収することができればその目的を達するものであるから、当該予定地に利用権利者が存するか否か、利用権利者と地主との間の買収金の配分方法がどうであるかなどについては、公団は特段の関心を持っておらず、本件においても、公団が三浦の耕作権(賃借権)の存否を買収の前後を通じて確認したり、買収金の配分方法を指導したりした事実は全く存しないこと、前記協定書は、原告及び三浦が相談のうえ一方的に公団に差し入れたものであり、前記補償契約も右協定書の内容を前提とし賃借権の存在することを前提として締結されたものであることが認められ、右事情に照らすと、右協定書及び補償契約が存在することをもって、三浦の賃借権の存在を推認することはできないものというべきである。のみならず、<1>三浦の本件土地利用の実態は前認定のとおりであり、賃借権に基づくものとは到底認められないこと、<2>原告と三浦間の賃貸借契約書(甲第一号証)によれば、三浦は何時でも原告の請求に応じて本件土地を明け渡さなければならないこととされていることに照らすと、当時、原告が三浦に対し一五〇〇万円もの高額な補償金を分け与えなければならないような事情が存したものとは到底認められないのであって、右協定書及び補償契約の内容自体も不合理であるといわざるを得ない。
したがって、右協定書等の存在をもって原告と三浦間に賃貸借関係が存在したものと推認することはできない。
(四) 三浦に支払われた本件補償金一五〇〇万円の運用について
公団が前記補償契約に基づき三浦に対し昭和五三年二月二八日付けで昭和農協の同人名義の普通預金口座に一〇五〇万円、同年六月八日付けで同じく四五〇万円を振込送金したことは、当事者間に争いがない。また、前掲乙第一、二、四号証、成立に争いのない乙第一六号証の一ないし四、第二五、二六号証、原本の存在、成立ともに争いのない乙第一八号証の一ないし三、第一九号証の一ないし三、第二〇号証、第二一号証の一ないし三、第二二ないし二四号証、証人長谷川貢一の証言により原本の存在、成立ともに認められる乙第一七号証、証人長谷川貢一及び同三浦軍治(後記措信しない部分を除く。)の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。
三浦は、昭和五三年二月二八日前記補償契約に基づき公団から本件補償金の送金を受けるため、原告の居住地に近い昭和農協に新しく普通預金口座を開設し、同日一〇五〇万円の送金を受けた。三浦は、その後、右預金通帳、印鑑を原告に手渡した。原告は、同年三月一日右預金を三浦名義の七五〇万円と三〇〇万円の定期預金に振り替えた。原告は、三浦名義で同月二九日東箱根開発から別紙物件目録二記載の各土地を代金一五〇〇万円で買い入れ、前記定期預金を解約し、これを昭和農協振出しの小切手一〇五〇万円の原資とし、これを裏書して代金の一部に充当した。また、原告は、同年四月一七日窪田恵美子名義の定期預金を担保に三浦名義で昭和農協から四五〇万円を借り入れ、これを同農協振出しの小切手四五〇万円の原資とし、これを裏書して右残代金に充当した。公団は、同年六月八日三浦名義の預金口座へ四五〇万円の送金を行ったところ、原告は、同月二〇日右四五〇万円をもって前記三浦名義の借入金を返済し、その際担保として提供していた窪田恵美子名義の定期預金証書の返還を受けた。右購入物件については、同年七月二一日付けで登記申請がなされ、同年三月二九日付け売買を原因とする所有権一部移転(共有者三浦、持分地は九九一分の七五〇、地は九九二分の七五〇)の登記が経由され、更に、同年八月二五日に同年三月二九日付け贈与を原因として、三浦の持分全部を地については原告の妻窪田京子に、地については原告に移転する旨の登記がされた。
なお、原告は、昭和五三年三月二九日東箱根開発との間で、地及び地を同社に月額八万一二五〇円で賃貸する旨の土地賃貸借契約を締結し、以後、毎月同社から右賃料の支払を受けている。
以上の事実が認められる。
右事実によれば、三浦に支払われた一五〇〇万円は、終始原告が支配・運用して、最終的には別紙物件目録二記載の各土地の購入資金に充当され、原告及びその妻名義の不動産に転化したものであることが明らかである。
原告は、三浦が本件補償金を受け取ったことを聞いて怒った三浦の父が同人に意見をしたため、三浦が自ら右土地を買取り、これを原告及びその妻に贈与したものである旨を主張し、証人三浦軍治の証言及び原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分も存するが、単に父親に意見されたため自ら土地を購入し、これを原告らに贈与する気になったというのは、仮に同人が真実原告と交渉して一五〇〇万円の補償を受けたのであれば極めて不自然、不合理であって到底措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定の諸事情、ことに三浦には本件土地について賃借権を有していたと認められるような農業経営の実態が全く存しないこと、原告と三浦間の賃貸借契約書及び公団に提出した協定書等には多大の疑問があって、賃借権を基礎づけるに足りないものであること、三浦に支払われた本件補償金は結局原告に帰属する所得に該当するものというべきである。
そうすると、本件各処分には本件補償金の帰属に関する事実誤認の瑕疵は存しないものといわなければならない。
2 法三三条の四の規定の解釈適用の誤りについて
原告は、公団から三浦に支払われた本件補償金一五〇〇万円が誰に帰属するかの判断は、専ら起業者である公団の認定に係り、課税庁といえどもこれに拘束され、右認定判断を覆すことはできないから、これを覆した本件各処分には、法三三条の四の規定の解釈適用を誤った違法がある旨を主張する。
しかしながら、そもそも税務署長は、課税の適正を期するため調査を行う権限及び適正な課税標準に基づき課税処分を行う権限を有するものであるところ(国税通則法二四条、所得税法二三四条等)、右権限には所得の帰属者の判定を行うことも当然含まれるものというべきであるから、課税関係につき何らの権限を有しない公団のした判断が最終的なものとして税務署長を法的に拘束するとする原告の主張は到底採用することができない。のみならず、前認定の事実によれば、公団が原告及び三浦間の賃貸借関係の存在を実体的に認めたということはできないから、原告の右主張はその前提を欠くものというべきである。したがって、原告の右主張は理由がない。
なお、原告は、法三三条の四第四項に「・・・書類の添付がある場合に限り、適用する。」とあることを理由に、確定申告書に所定の書類が添付されてさえいれば、税務当局は、その書類の記載内容に拘束されてこれを否定することはできないと主張するが、同項の規定は、たとえ他の要件を充足していても、収用に関する所定の書類が確定申告書に添付されていなければ法上の優遇措置を受けることができないことを規定したものであって、その添付書類の記載内容が税務署長を拘束する趣旨を規定したものでないことは明らかである。
3 憲法二九条三項 一四条違反の主張に
原告は、強制収用権を背景とする任意買収は、その実態において強制収用と同一の負担を国民に強いるものであるから、基準額(三〇〇〇万円)以上の買収額に課税するという法三三条の四は憲法二九条三項、一四条に違反する旨を主張する。
しかし、任意買収は、当事者の自由意思に基づき民法上の売買契約を締結することによって行われるものであるから、土地収用法に基づく強制収用とは明らかにその性質を異にするものというべきであり、したがって、原告の右主張はその前提を欠くものといわなければならない。また、任意買収による譲渡代金を課税上どのように取り扱うかは立法政策の問題であって、違憲の生ずることはないものというべきである。よって、原告の右主張は採用し難い。
4 以上によれば、本件各処分には原告主張のような重大かつ明白な瑕疵は存しないものといわなければならない。
三 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 小磯武男 裁判官 金子順一)
物件目録一
(一) 所在 山梨県中巨摩郡昭和町西条北河原
地番 三四六〇番の二
地目 田
面積 一三四一平方メートル
(二) 所在 右同所
地番 三四六〇番の三
地目 田
面積 四二七平方メートル
物件目録二
(一) 所在 山梨県甲府市善光寺町字前林山
地番 三一三二番の八〇
地目 山林
面積 九九一平方メートル
(ただし、持分は九九一分の七五〇)
(二) 所在 右同所
地番 三一三二番の八三
地目 山林
面積 九九二平方メートル
(ただし、持分は九九二分の七五〇)
別表
本件課税処分の経過
<省略>
(注) 所得金額欄の<総>は、総所得金額を、また、同欄の<分>は分離長期譲渡所得の金額をそれぞれ示す。